それぞれの個性を活かした内容になると思いますので、どうぞご期待ください!
2022年4月1日金曜日
2022/04/01(金) このブログについて
昨年度まで、代表のぱぱさんが書いてきた[気まぐれコラム]ですが、今年度からは、東領家園の管理者のすけさんと、朝日園の管理者のうめさんが加わって、三人で順番に書いていきたいと思います。
2022年3月2日水曜日
2022/03/02(水) マシュマロ・テスト
「マシュマロ・テスト」、ご存じですか?満足を先延ばしする能力のテストのことです。子どもたちは、より多くのマシュマロをもらうために、目の前にあるマシュマロを食べることを15分間我慢するように言われます。実験では、半数の子どもたちが、15分間我慢できました。でも、半数の子どもたちは、15分間我慢することができず、目の前のマシュマロを食べてしまいました。1972年にアメリカでこの実験が行われた時に、子どもたちの平均年齢は4歳半でした。
16年後の1988年に、実験に参加した平均年齢20歳半の元子どもたちの親(子どもたち自身ではなく)を調査すると、我慢できた子どもたちの親の学力と財力は、我慢できなかった子どもたちの親のそれより高いという結果になったのです。客観的に見るために、1990年にも再調査が行われました。しかし、結果は前回と同様でした。さらに、21年後の2011年、実験に参加した子どもたちが中年のおじさん、おばさんになった時点で、脳の検査をしました。我慢できた元子どもたちの脳では、我慢できなかった元子どもたちの脳より、計画や社会行動の調節に関係する前頭前皮質が活発に働く事がわかりました。反対に、我慢できなかった元子どもたちは、我慢できた元子どもたちより、快感や満足度などに関係する部位である腹側線条体の活動が活発でした。そして、前者は後者よりも、明らかに豊かな暮らしをしていることが分かりました。
この結果は、教育者と親の間で、大いに話題になりました。より大きな収穫を得るために、ご褒美や満足を先に延ばせることと、頭の良さや経済力の高さとの相関関係が、明らかになったのです。しかも、そこには、脳の働きまで影響しているのです。
今は見えないけれど、つかんだ時のより大きな喜びを想像して、自分をコントロールできる力が、将来的な賢さや経済力を得るための秘訣だったのです。お金持ちになりたければ、「知恵を使って、今は見えない大きなものを狙え」ということなのですよ。
保育園でも、少ないおもちゃを懸命に取り合う時期をたっぷりと過ごす中で、少しずつ「順番の概念」を理解するようになり、本当はすぐにでも遊びたいけれど、順番が来るまでじっと我慢している...。そんな、けなげなお子さまの姿を見ていると、「君は、将来、大金持ちだ!」と心の中で叫んでしまいます。コロナウイルスへの感染の拡大は、世界中のどの国でも、いまだ終息の兆しが見えていません。つくづく、「地球はひとつなんだよ~」と言いたくなります。今は見えないけれど、いつか見えることを信じつつ...。
2022年1月31日月曜日
2022/01/31(月) いわせてもらお
2022年1月8日(土)の朝日新聞、「いわせてもらお」のコーナーにこんな記事が載っていましたので、ご紹介します。
◎思いを伝えに
4歳の孫が時々、「幼稚園に行きたくない」と登園をしぶる。そこでママ(私の娘)は妙案を思いついた。「じゃあ、『行きたくない』って、先生に言いに行こう!」と言って、幼稚園にうまいこと連れて行く。行ってしまえば、帰りたがることもないという。我が娘ながら、あっぱれだ。(東京都北区・ガンバレ、うちの孫!・69歳)
あっぱれですね!子どもが「行きたくない」と言っていることに対して、「そんなこと言ったらだめよ」と否定的になってしまいそうなところを、「言っていいよ、先生にね!」と肯定しているのです。正に妙案ですね。素晴らしい。
そもそも、ちゃんと育っているお子さんは、大抵、登園時の親元から離れる瞬間には、大なり小なり不安定になるものなのです。なぜなら、お子さんと親御さんの愛着が、それだけ深いからです。だから、その深い愛着から離れる時、一抹の不安を覚えるのです。(逆に言うと、愛着が浅いお子さんは、親元から離れる瞬間、不安にならないのではと考えられます。それこそ心配です)
「行ってしまえば、帰りたがることもない」、この見通しを持てることが素敵です。「不安なのは離れるその瞬間だけで、それを過ぎれば帰りたがることはない」と、あたたかく信じておられます。「今は見えないけれど、できないけれど、あなたなら大丈夫!信じているから...。」この広く優しい心が、お子さんのやる気と思いやりを育むことでしょう。
さくらそう保育園でも、お子さま一人ひとりが立ち止まっている時、「今は見えないけれど、できないけれど、あなたなら大丈夫!信じているから...。」という心で向き合っていけたらいいなと願っています。
(コロナ禍、川口市から登園自粛のお願いが出されました。なにとぞ、ご自愛のほどを...。)
2021年12月28日火曜日
2021/12/28(火) クリスマスページェントを振り返って
今週の土曜日から、早くも2022年になります。来年こそ、コロナが明けて日常を取り戻すことができるようにと願っています。
さて、元郷園にとっての近々のトピックスは、何といっても12月24日(金)に演じたクリスマス・ページェント(イエスさま誕生の劇・聖劇)でしょう。私はクリスチャンなので、さくらそう保育園元郷に年長児が在籍する2021年のクリスマスには、ぜひともページェントをやりたいと願っていました。そこで私は、僭越ながら、脚本家兼作詞作曲家として、A4用紙5ページにわたる長大なセリフや聖句による台本と、12曲中9曲に及ぶ聖劇用のソングを作りました。それを基に、なおさんが総指揮官となって、2~5歳児クラスさん総出で演じたのでした。特に、中心となって活躍した年長児、おはな組さんの9名には、セリフ、聖句、歌のすべてを記憶し、それぞれの役割に応じて響き渡る声で演じることを、私は求めました。
結果は・・・最高でした。皆さん、素晴らしかったです。ありがとう!
おはな組のみなさんは、生まれて初めて次のような学びをしたと思います。
・台本を頭に入れる喜びと苦しみを学びました。・独りで言ったり歌ったりするということは、想像以上に勇気がいることだと学びました。・モジモジしたり笑ったりしながら演じることは、恥ずかしいことだと学びました。・出番が無い時にこそ、背を伸ばしてキチンと座り続けることが、お友だちが演じているときの態度として必要で、とても気力を使うものだと学びました。・みんなで心を一つにして演じることができたときは、気持ちがいいのだと学びました。・間違えても、心を込めて演じることができたら良いということを学びました。・一生懸命にやった後には、涙がでることを学びました。
さくらそう保育園は、基本的に自由保育ですから、「大人の指示通りに動いてもらう」保育は好みません。ですから、全体的なお稽古は、3回しか行いませんでした。4回目となる本番が、この録画された動画の内容です。それ以外は個人練習で、昼食と午睡の間の時間にのみ行いました。昼食と午睡の間の時間ですから、自由な活動を阻害するということは、最小限ですんだと思います。
何故3回しかやらなかったのか、それは、「やりすぎると嫌になり、やらなすぎると不安になる」、そのちょうどいい塩梅が3回だったと言うことです。でも、3回ではなんか不安なんですけど・・・。お子さんたちを信じることができれば、3回で充分だと思います。
さくらそうは、これからもお子さんたちを信じていきたいと思います。
それではよいお年を。
2021年12月1日水曜日
2021/12/01(水) 学力とは何か?
NHK「おかあさんといっしょ」の番組開発で有名な、お茶の水大学名誉教授、内田伸子先生の論文、教育社会学研究第100集「学力格差は幼児期から始まるか?」~経済格差を超える要因の検討~のなかに、興味深い記載がありましたので紹介します。
これは、2012年に東京、ソウル、上海の3~5歳児1000名、合わせて3000名に個別の臨床面接調査を行った結果をまとめた表です。壮大な研究ですね。内田先生によると、「子どもの語彙力について、幼稚園と保育園による違いは、調査の結果認められませんでした。しかし、自由保育か一斉保育かでは、明らかな違いがみられました。自由保育、子ども中心の保育、自由遊びの時間が長い保育所の子どもの語彙力が高かったのです。」という結論でした。
内田先生は、どうしてこの論文を発表したのでしょうか?それは、2010年7月に当時の文部科学省幼稚園課が、「幼稚園卒の子どもは、保育所卒の子どもよりも成績が高い」と発表したことへのアンチテーゼのようです。私も当時、この文科省の結論は腑に落ちなかったことを思い出しました。
さて、この表から、「読みと書き」については、幼稚園・保育園・自由保育・一斉保育の差はないということを読み取ることもできます。これは、個人的には驚きでした。あくまでも語彙の多さについてのみ、差があったということなのですね。これについて内田先生は、別の論文で「50の文字を覚えるよりも100のなんだろ?を育てたい」と進言しています。「50の文字を覚える」は読み書きすることを表し、「100のなんだろ?」は語彙を増やす具体的な活動を表していると思います。「なんだろ?」は語彙力に直結し、語彙力と学力は密接な相関関係があるということですね。
さくらそう保育園の自由遊びや、それぞれのご家庭での団らんの中で、「なんだろ?」と感じる場面にたくさん遭遇し、その子なりの答えを見つけ、その答えを喜びの中で保育士と共有していくことで、学力がついていったらと思います。
2021年11月1日月曜日
2021/11/01(月) ことばが増えて楽しいです
日中は過ごしやすくなってきた代わりに、朝夕は寒さを感じるこの頃です。お子さまたちの言葉に耳を傾けていると、楽しい毎日です。
一例をあげますね。先ずは1階の1歳クラスのEちゃん、大好きな「とまとさん」の絵本を読んでもらい、満足して絵本を閉じた瞬間に、ニコニコしながら「おんまい!」可愛い幼児語ですね。Eちゃんは、他にも「かーとーし」(カブトムシ)、「こーた」(くわがた)...。これが、一週間経つと「くわったー」(くわがた)に変わっていました。日々、変化しているようです。
一方、1歳クラスのKちゃんは、「がんもーし つめた」(だんごむし みつけた)。これは、その場に居合わせないと、訳すことは不可能だと思います。とにかく、こんな表現に出会うと、思わずニヤリと笑ってしまいますね。
2階さんは、2歳クラスのMちゃん、「Mちゃんねえ、プリキュアのカレーがほしいの」。どうやら、お友だちが持っているプリキュアのカレーの空箱が欲しくなったようです。私が、「ママとパパに言って、買ってもらったらどうかな」と提案しますと、「ぱぱとまま、さいきん、おこるんだよね」。小さなMちゃんが、真顔で「最近」という単語を使っている、それも正しい使い方で...。どこで覚えたのかは分かりませんが、そのギャップに大笑いでした。
3階さんは、4歳クラスのYちゃんです。保育園見学のお母さんが、赤ちゃん連れで見学をしていますと、ニコニコ寄ってきながら赤ちゃんを見て、「かわいいねえ、なまえなんていうの?」。お母さんが我が子の名を告げると、「おとこのこ(おんなのこ)のなまえだね。」。そして、赤ちゃんの顔を見ながら、再度「かわいいねえ」。その言葉を聞いたお母さんは、Yちゃんに対して、思わず「ありがとう」と感謝の意を表すのでした。
同じく、4歳クラスのS君です。保育園見学のお母さんに対して、新聞チラシをチケットのように切り取ったものを入場券に見立てて、「どうぞ、こちらをおもちください」と言って券を渡しました。続いて、「おかえりのときは、こちらのけんを、○○のところにおもちください」と言って深々とお辞儀をしたのです。その振る舞いは、紳士そのものでした。
YちゃんやS君の言動によって、見学という緊張した場面が、一転して和やかな空気に代わったのは言うまでもありません。お二人さんは、最高の営業マン、優秀な人材です。将来は、ぜひ我社に就職してください。
お子さまの言葉に耳を傾ける喜びが、保育園の中にあります。
2021年10月1日金曜日
2021/10/01(金) 一緒に生きてゆけたらいいなあ
子どものいざこざを俯瞰してみますと、そのお友だちへの興味関心があり、本当は仲良く遊びたいんだけど、上手く意思の疎通ができなくて、結果として「いざこざ」になってしまうケースがほとんど全てのような気がします。一方、そもそも関心がなくて仲良しになる気もない場合は、「いざこざ」まで発展しませんね。しかしながら、クラスの仲間という大きなくくりは理解しているようで、お当番活動で一緒になったりするときは、肩をつけあってニコニコしています。
ノンフィクション作家のブレイディみかこさんは、著書「他者の靴を履く」(文芸春秋)の中で、シンパシーとエンパシーについて述べています。直訳すると、どちらも「共感」となるようですが、自分と意見が同じであるが故の「共感」をシンパシーと表し、自分の意見とは違いがあっても、それでも知力によって「共感」を目指そうとする能力のことをエンパシーと表すようです。これをニュースとして朝日新聞に載せた、宮地ゆう記者は、「自分と異なる他者を理解するには、地味な努力がいる。だが、それは自分が生きやすい社会をつくることだと気づかされる。」と結んでいるところが興味深いと思います。真の平和というのは、意見の違う人を拒絶するのではなく、理解しようとすることによってのみ、実現できるのですね。
三十番地キリスト教会牧師の富田正樹さんは、公開説教の中で、「混乱や忍耐や葛藤を抱えながら、一緒に生きてゆくというのが教会なのではないでしょうか。『そういうことでは、何でもありになってしまう。それではいけないのだ』と、ことさらに一致することを求める教会、そういう風に言う牧師も、広いキリスト教会の中には一定数います。けれども、私は一致することがキリスト教会の第一目的だとは思わないんです。一致することよりも、『一致できない者が一緒にいる』ということの方が、はるかに大事です。そもそも、人間がお互いに完全に一致できるというのは、幻想じゃないでしょうか。」と述べています。本コラム著者は、教会を会社(あるいは保育園)と読み替えたいなと思います。なかなか一致はできないのだけれど、一致できない者が一緒にいる状態をよしとすることが、実は真の平和なのかもしれません。
子どもは互いに無関心でも、お当番活動で一緒になったりするときは、肩をつけあっていられるのが素敵ですね。我々大人は、どうでしょうか。社会でちょくちょく話題になるこんな言葉、耳にしたことはありませんか?「同調圧力、自粛警察、優生思想、パワハラ、かわいがり」等々...。これらは、エンパシーが欠如し、シンパシーに引きずられてしまっている結果なのかもしれません。「大変だけど、混乱や忍耐や葛藤を抱えながら、一緒に生きてゆけたらいいなあ」